昨日より、我々呉軍の一部は蜀へと出向きました。殿と劉備殿が宴を開くとのことだったからです。私も久しぶりに諸葛亮先生とお話ができると思い、その宴を楽しみにしていました。
そして、宴の席で見慣れない方を見つけたのです。その方は名を””殿といいました。諸葛亮先生に聞けば、その方のお父上と劉備殿が親しい関係にあり、殿はこの国のことを学びに、海の向こうの島国から来たそうです。
最初は、ただ単純に興味があって話しかけました。でも、どんどん話しているうちに、彼女に惹かれていく自分がいました。彼女は何も飾らず、自然のままで私と接してくれます。あの綺麗な笑顔を見るたびに、私の頬は緩んでいき、知らず知らずのうちに笑顔になってしまうのです。
そして、それは私だけに限らず、蜀の人々・・・特に姜維殿も同じ気持ちなのだとすぐにわかりました。




宴がお開きになり、各自が部屋に戻っていきました。私は酔っ払って、宴の席で寝たままの甘寧殿をたたき起こしてから自室に戻ったため、他の方よりも遅い時間になってしまいました。(甘寧殿は寝てしまうとなかなか起きないのです。)
自室に戻る途中で少し庭を見ていたとき、殿の声が聞こえてきました。私は反射的に近くの茂みに隠れ、そっと様子を伺いました。そのとき、何故隠れたのかは自分でもわかりません。
恐らく、先ほどの宴のときとは違い、楽な格好をしていた殿に少なからず緊張していたのもあるでしょう。でもきっと、一番の理由は殿が姜維殿と話しているのだとわかったからだと思います。
周りが静かなおかげで2人の声はよく聞こえました。(いけないことだとは分かっていますよ!)そして、次の瞬間、私はできれば見たくなかったものを見てしまいました。不慮の事故だとは分かっていてもいい気はしません。
殿が躓き、姜維殿に抱き寄せられるような体制になったのです。私は何だか胸のあたりがぐるぐるとして、そのまま自室へと戻り、寝台に寝転がり、目を閉じました。けれど、瞼の裏に描かれるのは先ほどの2人の姿・・・。結局そのまま朝を迎えることとなってしまったのです。




「あれ、軍師さん昨日あんまり寝れなかったんすか?」


「あぁ、凌統殿でしたか。そんなことはないですよ。至って普通です。」


「なら良いんすけど・・・。」


「あ、陸遜さん、凌統さん!おはようございます。」


殿・・・おはようございます。」


「こんなとこで何してんの?俺でも探しに来た?」


「えっ、いや、その・・・あながち間違ってはいませんけど・・・陸遜さんもです。」




凌統殿のこんな冗談にも顔を赤らめる殿が、愛おしいと感じました。だからこそ、昨夜の出来事は私の脳裏でずっと繰り返し繰り返し流れていたのです。そんな私の心情を知ってか知らずか。凌統殿は先ほどから殿の髪の毛を弄んで、あんたの髪って良い匂いすんね、などと言っている。




「それで殿・・・私たちに要件でもあるのですか?」


「あ、そうなんです。孫策さんが鍛錬をしたいから、誰か連れてきてくれって頼まれて。」


「そうでしたか。ではすぐに向かいます。」


「甘寧さんは既に行ったみたいですよ。」


「昨日、あれだけ潰れてたくせに・・・よくやるっての。」


「あ、それでお願いなんですけど・・・鍛錬を見学させてもらっても良いですか?」


「あぁ、鍛錬なら好きなだけ見てきなよ。」




そうして、私達3人は鍛錬場へと向かい、軽く調整したあと、蜀の方も加えて組み合わせを決めた。私は運の悪いことに姜維殿とになってしいました・・・。姜維殿を見た瞬間、またあの光景が頭の中を駆け巡る。それでも、集中するために今は忘れよう・・・。そして、前を見据えてお互いが構える。一息おいたあと、同時に飛び出す。


気持ちの問題もあってか、先ほどから姜維殿の攻撃をかわすのが精一杯になっている。そんな隙をすかさず攻められ、私は双剣の一方をはじかれた。その時、姜維殿は槍をしまい、「今回は私の勝ちです。」と呟き、先ほどはじいた双剣の一方を私に手渡した。
横目で殿を見ると、またあの光景が脳裏をよぎりました・・・。そして、姜維殿に手渡された双剣を取り損ねてしまいました。




「痛っ・・・」


「陸遜殿・・・!?」


「あ、すいません・・・。少しぼーっとしていたもので。」




傷は思いのほか深かったらしく、指から血が滴り落ちていた。そのとき、怪我をしたのとは逆の方の手を掴まれ、私はどこかへ引っ張られていきました。私を引っ張って行ったのは殿で、連れて行かれた場所は医務室のような場所でした。




「大丈夫ですか?今止血しますから!」


殿、大したことありませんので、大丈夫ですよ。」


「だめです!大したことなくても、ここから雑菌が入ったら大変なことになります。」


「そうですか・・・。では、お願いします。」




殿に治療して頂いている間、いろいろなことを話し、少しだけ殿を知れたような気がしました。殿が私よりも1つ年上だということや、弟がいることなど。




「あ、そういえばずっと言おうと思ってたんですけど・・・。」


「何をですか?」


「多分、陸遜さんが私と一番歳が近いですよね?だからできれば敬語を使わないでいただけたらなー・・・って。」


「はい・・・?」


「私の育った環境では親しい人とはあんまり敬語を使わないので、ちょっと慣れなくて・・・。」


「そうでしたか・・・。ですが、私は敬語を使わないことに慣れていないので・・・。」


「じゃあ、”殿”をつけない!それだけでも良いです!」


「それなら、大丈夫です。は敬語でなくても構いませんよ。話やすいように話してください。」




ありがとう、と微笑むに、やっぱり私は惚れているのでしょうね。この人には敵いません。鍛錬場からずっとついてきている姜維殿の心境は図りきれませんが、恐らく先ほどまでの私と同じ心境なのでしょう。(気配で丸分かりですよ、姜維殿。)









〜〜〜おまけ的なもの〜〜〜


「・・・やれやれ、嵐がきそうだねぇ。」


「はぁ?何言ってんだよ、凌統!快晴じゃねえか!」


「これだから甘寧、お前は・・・。天候のことじゃねえっつの!」


「はあ?」


「凌統殿の言いたいこと、よくわかりますよ。」


「馬超殿は物分りがよくて助かりますよ。」


「あー、もう!意味がわからねえ!凌統!もう一回勝負しろ!」


「何回やっても俺の勝ちだっつの。」