翌朝、まったく眠れなかった若者が3人。、姜維、陸遜である。3人はそれぞれ一晩中悩み、気づけば朝になっていた。は眠たい目をこすって顔を洗おうと水場へ向かった。するとそこには自分と同じように眠たそうな目をした姜維の姿があった。
「あ、姜維さん。おはようございます。」
「あ、あぁ・・・殿。おはようございます。」
「あの、昨日・・・眠れなかったんですか?」
「いえ、別に・・・。」
そうですか、と返すに姜維はでは、と一言残してその場を去った。はいつもと違い素っ気無い態度の姜維に、少し胸が痛んだ。そして顔を洗って朝食の準備を手伝い、少し時間ができた。いつもなら鍛錬を見学させてもらうのだが、今日はそういう気分ではなかった。どうしようかと考えながら廊下を歩いていると姜維とすれ違った。
「あ、姜維さん。今時間ありますか・・・?」
「仕事がありますので。」
「すいません・・・。」
仕事があるのは仕方ないこと。しかし、今の姜維はの目を見ようとせずに断った。自分は何かしてしまったのかと戸惑うを残して、姜維はそのまま執務室へと向かって行った。それ以来その日は姜維と話すことはなかった。その翌日、昼食も食べ終わり、もう1回姜維を誘ってみようと決めたは姜維を探すが見当たらない。
「あの、趙雲さん。姜維さんを見かけませんでしたか・・・?」
「さあ・・・見てないな。すまない。」
「そうですか・・・。ありがとうございます。」
「、あいつならまだ執務室にいたぞ。」
「馬超さん、本当ですか?ありがとうございます・・・!」
2人に軽くお辞儀をして、は姜維の執務室へと向かった。馬超と趙雲はの様子に2人に何かあったのかと心配するも、恋沙汰に首を突っ込むのもな・・・と思い、見守ろうと決めたのだった。そして、執務室へ着いたは扉を叩いた。
「姜維さん、お昼食べましたか・・・?」
「殿・・・?まだ、ですが。」
「持ってきましょうか?」
「・・・いえ、結構です。」
その言葉にそうですか・・・。と力なく返すと、その場に座り込んだ。この扉一枚が酷く遠く感じる。そう思っていると頭上から声がした。
「?具合でも悪いのか?」
「凌統さん・・・。何でもないです・・・。」
「嘘つけ。大丈夫って顔してないっての。話くらい聞くからさ?俺の部屋にでもおいでよ。」
黙って頷くと凌統は微笑み、を立たせて自分の部屋へと戻り、に席を勧めてからお茶を淹れた。湯のみを2つ机に置いて、自分も椅子に座ると、さて・・・と話を切り出した。
「で?どうしたの?あそこって確か姜維殿の執務室じゃなかったっけ?」
「はい・・・。あの、私姜維さんに嫌われてるんでしょうか・・・。」
「は?」
の口から出た言葉に凌統は目を丸くする。姜維がを嫌うなんてことはありえない。姜維がを好いているのは誰が見てもわかるようなことなのに。(あの馬鹿甘寧は気づいてないけどな。)でも、確かには姜維に嫌われていると感じている。そうなるとしたら・・・。
「あのさ・・・昨日うちの軍師さんと何かあったわけ?」
「・・・昨日の夜、陸遜に告白されました・・・。」
「・・・そっか。は何て返事したんだ?」
「呉に帰る日に返事を下さいって・・・。」
そして凌統はなるほどね・・・と呟いた。姜維殿がその現場にいたってわけだ。んで、何か勘違いでもしたってとこかい?そう考えて再びを見る。今にも泣きそうな彼女を見て凌統は不覚にもドキッとしてしまった。そしてそれを紛らわすようにに尋ねる。
「あー・・・ところでさ、は姜維殿が好きなわけ?」
「それが・・・わかんないんです。」
「わかんない?」
「姜維さん・・・私に素っ気無いし、もう、どうしたらいいのかなって・・・。私、何かしたんでしょうか・・・?」
ついにの瞳からは涙が零れ落ちる。凌統はその涙を指で拭うとに向き直ってこう言った。
「今は悲しくて泣いてる。その涙の理由・・・何で悲しいのかを考えたら良いと思うぜ?」
そう言って微笑むと、部屋しばらく居て良いからと言い残して部屋を出た。そしてと会った場所へ行き、扉を叩く。中から返事が返ってくると中へ入り、目的の人物の目の前に立った。
「が泣いてましたよ?どっかの誰かさんが素っ気無い、私何かしてんでしょうか・・・って。」
「・・・殿は陸遜殿のことが好きなのです。2人の間に入ってはいけない・・・。」
「じゃあ聞きますけど、好きでもない奴のためにそんな理由で泣くと思うわけ?」
「それは・・・。」
「それと、間に入っちゃいけないとか言ってたけど、人を想うのは自由。そうでしょう?」
「・・・・・・・・・そう、ですね。」
「じゃ、俺はこのへんで。」
凌統が出て行くのを確認すると、姜維は机に突っ伏した。凌統の言っていたことは本当だろうか・・・?もし本当ならば、自分はどうすれば良いだろう・・・?一人悩んでいると突っ伏している姜維に声が掛けられる。
「姜維・・・何にせよ貴方は彼女を傷つけた。それは変わりませんよ。」
「じょ、丞相!?」
いつの間にか執務室に入って来ていた諸葛亮に驚く姜維。そんな姜維に諸葛亮はふっと笑い羽扇で己を煽ぐ。そして、事実も確かめずに2人が両想いだと決め付けるのもどうかと思いますよ。と付け加える。そして姜維は諸葛亮に弱々しくも微笑んだ。その笑みを見た諸葛亮は、それで良いです。と言って執務室を出て行った。気づけば夕食の時間。昼食もとっていなかった姜維は食堂へ向かったのだった。
一方はあれからしばらく考え、だいぶ冷めつつあるお茶を見つめながら、私・・・姜維さんが好きなんだ。と呟いた。自分の気持ちがはっきりして少しすっきりした心地がする。相談に乗ってくれた凌統にあとでお礼を言っておこうと思い、湯のみを片付けてから夕飯の準備へと向かっていた。
「ふぅ・・・今日は疲れちゃったな・・・。」
夕食のとき、姜維を見かけたものの、凌統にお礼を言っていたら時間が過ぎてしまい、結局今に至っているのだった。そして、明日は呉の武将が帰る日。・・・つまり、陸遜に返事をする日だ。妙に緊張しながらも早く寝ようと決めたは寝台へ潜り込んだ。すると、扉が叩かれた。
「夜分すいません・・・姜維です。」
「姜維さん・・・?あ、の。どうぞ、入ってください。」
すぐお茶を淹れますから、といったに姜維はお願いします、と返事をする。しばらくして茶菓子とお茶を持ってきたが椅子に座ると、沈黙が流れた。言いたいことはいくつかある。でも、まず最初に言わなければならないことがある。
「殿・・・すいませんでした。」
「え?」
「いろいろと貴女を悩ませてしまって・・・。」
「いえ・・・」
「貴女を傷つけてしまったことを私は後悔しています・・・。」
そう言って俯く姜維。出されたお茶を一口飲んで一息おくと、それと・・・と言葉を付け足す。しかしそこからまた沈黙が流れた。はその続きの言葉を黙って待っていると、姜維が決心したようにに向き直る。
「殿・・・今、貴女に言って良いのか悩みました。でも・・・やっぱり伝えておきたい。」
「え・・・」
「殿・・・好きです。貴女を陸遜殿に渡したくない・・・。」
そう言ってから姜維は顔を赤くして部屋を出て行こうとした。その時、待ってください!という声と服を後ろに引かれる感覚がした。
「私も・・・好きです・・・。姜維さんが好きです・・・。」
「殿・・・。」
「素っ気無くされて何で悲しいのか考えたんです。そして、私・・・姜維さんが好きなんだって気づいて・・・。」
「抱きしめても、良いですか・・・?」
はい、と頷くを姜維はきつく抱きしめた。もまた姜維の背に手を回し、それを受け入れる。一体どれだけの時間そうしていたか分からない。ひどく短くも感じたがとても長い時間だったような気もする。姜維は腕の力を緩めると、真っ直ぐ目を見つめて言った。
「愛しています。貴女を誰にも渡したくない・・・。」
そう言って顔を近づけると、も目を閉じてそれに答える。初めての口付けは触れるだけの、けれどもとても甘いものだった。