「観月さん!観月さん!」




そう呼んでくれるキミは、もういないのですね。





本当はわかっていますよ。もう、キミの笑顔が見れないこと。
わかっているんです。もう、キミに名前を呼んでもらえないこと。
僕が受け入れられないだけで・・・わかっているんです。変えられない事実だということも。
・・・僕は、雨が嫌いです。









「えっと、です!テニスはできないけど、大好きです!」




とびきりの笑顔で挨拶をするキミに、部室は笑顔でいっぱいになりました。そして、その日から部室に笑い声があるのは当たり前になりました。全部、キミがいたから・・・。青学に敗れたときも、キミは笑顔でした。笑顔で一言、「お疲れ様。」と僕達ひとりひとりにに声を掛けてくれましたね。
でも、僕は知っていますよ?キミが一番悲しんでいたこと。影で泣いていたこと。




「観月さん、今日のトレーニングメニューのことなんですけど・・・。」




困ったことは抱え込まずに、素直に相談してくれる。でも、人には頼り過ぎない。そんな強い心を持ったキミに、いつしか僕は惹かれていきました。それがいつなのか・・・きっとそれは始めから。初めてキミに会ったときから、僕はキミに惹かれていたのでしょう。




「観月さん、今日は雨ですね・・・。」




雨の日は決まって僕の教室に来て、トレーニングメニューの話をしにきてくれる。その時にする他愛もない話が、僕は大好きでした。
今日のお弁当のおかずの話。授業中に考えていたこと。裕太くんの今日の様子。赤澤部長の間抜け話。昨日の部活中に柳沢くんの口癖を言った回数を数えた話。小さなことでも、キミに話してもらえれば、僕はそれだけで幸せでした。




「観月さん・・・私、観月さんのことが好きです。」


「こ、困りますよね!?マネージャーの私に・・・こんなこと言われても・・・。」




キミから想いを告げられて、そのままキミを抱きしめて。嬉しくて、幸せで・・・この幸せはずっと続くと思っていました。









ある雨の日、部活はオフで、2人で帰っているとき。偶然キミが傘を忘れて、少し恥ずかしいですが、相合傘をして帰っていたとき。
寄り道をして行こうということになって、喫茶店に立ち寄ったとき。僕に紅茶の淹れ方を聞いてきたキミは、その後何回か僕を家に招待してくれて、そこで紅茶を振舞ってくれましたね。どんどん淹れるのが上手くなっていくキミの紅茶を飲むのも、一つの楽しみとなっていました。




「観月さん、卒業おめでとうございます!2年間・・・校舎離れちゃいますね・・・。」


「んふっ。部活の合間を縫って会いにきますよ。」


「本当ですか!?じゃあ、私、待ってますね。」


「ええ。ですから・・・キミを抱きしめても、良いですか?」


「はい!」




そう言って、キミから抱きついてきてくれたこと。きっと、僕は一生覚えているでしょう。その後、キミとキスをしたこと・・・僕は一生忘れません。でも・・・もう、キミに触れることは叶わぬ夢なんですね・・・。
・・・キミは、幸せでしたか?
僕は・・・キミを幸せにしてあげられましたか?




大会一週間前のことでした。キミから退部届けが出されたのは。理由を言おうとしないキミに、僕はつい怒鳴ってしまいましたね・・・。その後、キミが入院したことを聞かされました。
病院に駆けつけて、何故言ってくれなかったのかを聞くと、キミはこう答えてくれましたね。




「・・・ごめんなさい、観月さん。大会前だから・・・みんなに迷惑、掛けたくなくて・・・。」




自分の身体よりも、部活の仲間の心配をするキミ。そんなキミに気づいてあげられなかったことに、僕は自分自身の不甲斐なさを感じました。
僕が気づいてあげられたら・・・キミの運命は変わりましたか?














「観月さん、ありがとうございました。今まで・・・私、幸せでした。」




激しい雨の降る日の早朝、キミのお母様からキミの携帯で電話が掛かってきたとき・・・嫌な予感がしました。振り払おうとしても・・・その予感は頭からこびり付いて離れず・・・僕はもう、無意識に病院へ走っていました。
病院について、キミの病室のドアを開けて。キミがこっちを振り向いたとき、僕はキミの手をとった。キミは弱々しくもしっかりと僕の手をとって、さっきの言葉を紡いだ。その時のキミの表情は、恐ろしいほどに綺麗でした。最期に、最高の笑顔を見せてくれましたね。




そして、キミの最期を告げる電子音が・・・病室に虚しく響いた。




知らず知らずのうちに、涙が溢れ、何度もキミの名を呼んだ。それでも帰ってこないキミ・・・。現実を受け入れられない僕は、キミのお葬式に行ったとき、不思議と涙が出ませんでした。周りの子のすすり泣く声が嫌に耳にこびり付いていた。
そして、その日から部室から笑顔が消えました。笑い声が飛ぶことはなく・・・。僕は部活に行くことをやめた。ただ学校に通って、家に帰ってはキミを想う。そうすると・・・自然と涙が止まらなくなって・・・。
こんなにもキミを想っていたのだと、改めて実感した。雨が降る日は、キミとの他愛もない会話を思い出し・・・気づけば3年が経っていました。ずいぶん、短い時間に感じたけれど、もうそんなに月日が経っていたんですね。
そして、高校の卒業式。キミから想いを告げられた場所へと向かった。僕が泣いてしまうことは分かっていました。だけど・・・そこは思い出の場所だから。キミから想いを告げられたのも、初めてキスをしたのも、そこだから。




・・・もう、僕は高校も卒業してしまいます。短かったですよ・・・。」




嗚呼・・・やっぱり涙が溢れてきた。キミのことを想う度に、キミの名前を呼ぶたびに・・・涙は止め処なく僕の頬を伝っていく。
そんな時、ふとキミの声が聞こえた気がしたんです。




「泣かないで・・・観月さん。もう、泣かないで。」


・・・!?」


「私は、観月さんと会えて幸せでした。観月さんから、たくさんの幸せをもらいました。」


「そんな・・・僕は、僕は・・・!」


「自分を責めないで下さい。観月さんは、私といて幸せでしたか?」


「・・・ええ。とっても、幸せでした。」


「ありがとうございます・・・。観月さん、もう私のために泣かないで下さい。私のために・・・笑ってください。」




ザアッ・・・と強い風が吹いて、の声は風に溶けていった。最後に、言葉を残して。




・・・ありがとう。僕はもう、大丈夫です。」




・・・嗚呼、やっと笑えた。
最後の涙が、頬を伝った。














13年間の短い人生、キミは幸せでしたか?









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うん、暗い。私にしてはとっても暗いお話です。
観月さんが彼女の死を乗り越えて一歩前に進めた、そういうお話です。
・・・観月さんって泣くのかな・・・?
書いているうちにテンション下がって、しんみりしました。
たまには、こういうお話も良いかもな、と思いました。


2009/03/23 Ten